ドルーロにゃん、政治経済を考える。

ドルーロにゃんが、イチから政経を学んで、ひとりで政策をやってみるブログ。

【第4回】アメリカに2度負けた日本 〜どうして日本は衰退してしまったのか~

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豊かな国ニッポンで私たちは生き続けることができるのか。どうして日本は衰退してしまったのか。ドルーロにゃんが解説する、全4回の最終回です。

日本人はアメリカが大好きです。定番のイベントになったクリスマスやハロウィン、洋楽、ハンバーガー、コストコ、そして日本を敵から守ってくれているアメリカ軍。私たちの大半はアメリカを好意的に受け人れています。

でも、忘れてはいませんか。アメリカが日本経済を破壊させたという事実を。

f:id:dolleuro-seikei:20190404181139j:plainえっ?

 

 

全4回に渡って、どうして日本が衰退して しまったのかを、ドルーロにゃんが勉強していきます。

シリーズ「どうして日本は衰退してしまっ たのか」はこちら

 

今回のポイント

アメリカは、3っの方法で日本経済は崩壊させた

 

失われた20年は、アメリカのせい?

バブルの崩壊と、その後の失われた20年で、日本人が「モノを買いたいという気持ち(=消費マインド)が薄れてしまったことは、以前解説してきました。(【第2回】「気持ち」で経済は衰退する?バブル崩壊と失われた20年 〜どうして日本は衰退してしまったのか〜)

そこから復活できなかったのは、成長する分野にお金を使わなかったこと、世界戦略がなかったことに原因があることも、ドルーロにゃんは学んできました。(【第3回】中国が強くて、日本が墜ちた5っの理由 〜どうして日本は衰退してしまったのか~

でもそもそも、バブルを崩壊させ、日本経済を苦しめたのはアメリカだったのです。

 

f:id:dolleuro-seikei:20190408181157j:plain同盟国なのにそんなことするのかにゃ?

 

日本は約70年前に、太平洋戦争でアメリカに負けています。そして2度目の戦争である、アメリカとの経済戦争にも負けてしまったのです。

 

序章~日本の急成長~

アメリカとの太平洋戦争の後、焼け野原で何もなかった日本。ゼロの状態から生産活動が再開され、雇用が生まれ、賃金が上昇し、モノが売れるようになり、経済が復活してきました。どんどんお金が回るようになり、日本は長い好景気の時代「高度経済成長期」に突入します。

 

そしてこの勢いに乗り、日本は世界中に製品を輸出します。1960年代は衣料品、1970年代は鉄鋼製品、1980年代はテレビや自動車や電化製品など、世界中を席巻していきました。

 

その理由はいくつかあります。

  1. 日本の賃金はまだ安かったため、製品の価格も安く設定することができた
  2. 戦前から培ってきた技術力は失われておらず、高品質の製品を産み出した(以前は飛行機や軍艦まで造れたんですからね)
  3. 軍事にお金をつぎ込む必要がなかった(アメリカが守ってくれている)ので、産業にお金をつぎ込むことができた

 

他にも理由はたくさんありますが、とにかく日本にとっては、発展する条件がそろっていたのです。

 

開戦~はじまった2回目の戦争~

しかし、アメリカはこれが面白くありませんでした。日本製品アメリカ国内で売れるようになると、アメリカ製の同じ品物が売れなくなってしまうからです。

 

そこでアメリカ政府は、日本製品の輸入制限をちらつかせ、日本に圧力をかけ始めます。日本製品アメリカで売れなくなれば、アメリカ製品は打撃を受けずに済むからです。日本製の衣類がヒットすれば、衣類の輸入制限をにおわせ、テレビや自動車がヒットすればまた輸入制限をにおわせ、と、このやり取りは30年以上にも及びました。こうした日米の貿易をめぐるやり取りは「貿易摩擦」と呼ばれました。

現在、アメリカは中国に対して同じように圧力をかけていて、これは「米中貿易戦争」と呼ばれています。

 

f:id:dolleuro-seikei:20190404181120j:plain戦争は言い過ぎにゃ

 

私たちはモノを売り、手に入れたお金でモノを買って生きています。経済、そして貿易は、私たちの生き死にと直結するものです。だから経済めぐって対立することは「摩擦」では済まされず、もはや「戦争」なのです。

 

敗北①~輸出の自主規制~

悲しいことに日本は、アメリカとの経済戦争に、「負ける」という判断を下すしかありませんでした。アメリカの圧力に屈し、製品の輸出量を自主規制したのです。これは、60年代の衣料品、70年代の鉄鋼製品、80年代のハイテク製品と、毎回のようにこの「敗北」は繰り返されました。

 

これは仕方がないことでした。日本は軍隊を持っておらず、自分の国を守ることはアメリカ任せ。アメリカの気を損ねたら、自分の国を守ることができなくなってしまいます。

 

また、日本が世界中で製品を売ることができたのも、アメリカのおかげでした。第3回で解説したように、アメリカはその軍事力で世界中に拠点を築き、それらを結んだ貿易ルートを持っています。日本もアメリカに用意された貿易ルートで世界中にモノを売り、世界中からモノを買っていました。ですから、アメリカの気を損ねることなどできず、圧力に屈するしかなかったのです。

 

敗北②~バブル崩壊の黒幕~

アメリカの圧力

こうしてアメリカから圧力を受けた日本ですが、技術開発を惜しまず、より質の高い製品を作り続けることで、より世界での売り上げを仲ばしていきました。

 

やはりこれが気に食わないアメリカは、やり方を変えてきました。

アメリカで国外からの製品がよく売れ、アメリカ製品が売れない理由は何か。それは、各国の通貨がアメリカの通貨(ドル)より安いからである。だから国外の製品が、アメリカ製品より安く輸入されてよく売れてしまうのだ、と、アメリカは考えました。

 

後にアメリカは、先進国7か国に呼びかけ、ニューヨークのプラザホテルに各国首脳を集め「プラザ合意」を結びます。合意内容は、ドルが安く、外国の通貨が高くなるように、通貨の交換条件を変えることでした。

先の貿易摩擦に「負ける」選択をした日本は、今回もアメリカの言いなりにするしかありませんでした。

 

この結果、日本には不景気が訪れます。今までアメリカをはじめとした海外で売ってきた日本製品が、いきなり高い価格をつけられるようになり、日本製品の売り上げが海外で下がります。

 

バブルの崩壊

急いで日本政府、日本銀行は対策を実行しました。それは世の中にお金を大量に供給すること。企業や個人にお金が入ってこないと、モノを買おうという気持ちが薄れ、どんどん不景気になってしまいます。それを防ぐため、日本銀行はお金を刷り、政府は全国で公共事業を行い、お金を世の中にまき散らしたのです。

おかげで世の中は「バブル景気」と呼ばれる、空前の好景気となりました。しかしこれは、日本銀行や政府による、見掛けだけの好景気でした。企業は「プラザ合意」のせいで、海外での売り上げが下がっていたため、本当の利益は回復していなかったからです。

 

バブルが膨らみすぎると、政府は歯止めをかけました。しかしその歯止めが思った以上に強くて、一気に不景気に突入してしまいます。大きく膨れ上がった「バブル」が崩壊したのです。そして、長い不景気「失われた20年」が始まりました。

 

アメリカの巧妙な「手口」によって、日本はついに経済破壊に追い込まれてしまったのです。

f:id:dolleuro-seikei:20190404181139j:plainしてやられたにゃ

 

敗戦~とどめの構造改革

これでも、まだまだアメリカの「攻撃」は止むことがありませんでした。次のアメリカの要求は、自由な国際貿易のためには「規制緩和」と「構造改革」が必要である、というものでした。

日本経済にはあらゆる規制や独自の慣習があって、外国の企業が自由に商売を行うことができない。これは不当である。日本の経済構造を変え、アメリカの企業が商売しやすいようにしろ。そういった論調で日本を批判してきます。

これに同調したのが、90年代中盤の細川政権、そして2000年代前半の小泉政権でした。彼らは「改革」を掲げて総理大臣に上り詰めた人たちでしたから、古い規制や慣習を打ち破る、という考え方は、アメリカの要求する「規制緩和」「構造改革」とー致していたのです。(わたしたち日本国民は、そんな政権を熱狂的に支持しました)

これらの政権によって、日本は大きく作り替えられてしまいました。外国企業が次々と日本に進出してきて、日本企業は苦戦を強いられます。
大店法」という法規制をなくし、アメリカの大型スーパーが営業できるようになり、日本中の商店街付、あっという間に消え去ります。

300兆円という巨額を持っていた金融機関である「郵便局」も、アメリカの圧力により民営化(解体)され、そのお金はアメリカの国債や株を買い支えるために流れていきました。

日本の慣習であった、終身雇用制度という「規制」が見直された結果、派遣労働者が増え、安定した仕事にありっける人が減り、国民の給料は減っていきました。

このようにアメリカは、自国の利益のために、これまでの日本の経済構造を、徹底的に破壊していったのでした。1991年に突入した不景気が、ようやく回復したのは、2016年のこと。それまでに、20年以上もの時間を要したのでした。

 

まとめ~どうして日本は衰退してしまったのか~

4回に渡って、ドルーロにやんが日本衰退の原因を考えてきました。

メデイアも政治家も直視しない、衰退する日本の現実はこうです。

 

戦後、空前の経済成長を見せた日本。しかしアメリカに圧力をかけられ続け、世界で利益を上げ続けることができませんでした。やがては「バブル崩壊」に追い込まれ、長い経済停滞が起こされます。

 

その間に「消費マインド」が低下し、誰もお金を使わなくなったために、経済停滞から回復することができなくなってしまいました。
戦略のない日本政府と日本企業は、かつて得た利益を成長分野に使うこともせず、世界戦略もなかったため、成長を続けることもできませんでした。この点で対照的な中国には、経済規模も技術力もあっという間に追い越されてしまいました。

 

加えて人口が減り、消費する人そのものが減ってしまうことで、さらにお金は使われなくなります。すると経済の停滞は長引き、将来的には経済の衰退が待っているのです。

 

これが、衰退する日本の現実です。

 

 

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この国の衰退を食い止める方法は「ひとりでできる経済政策」で考えています。経済のキホンについてはキホンのギモン解説集で解説しています。

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